ケン・フォレット:巨人たちの落日

 この作品を要約するならば何がふさわしいか。
「既存の世界に属する人々…幸福であれ不幸であれ…が、第一次世界大戦をきっかけに、一つの世界の崩壊と新しい世界の登場を目の当たりにする」
 といったところだろうか。
 まず出だしのつかみは国王が来るフィッツのパーティだろうか。ここで各国の外交官が領土問題についての論議をしだすところが興味深い。第二のつかみがメイドだったエセルが国王ジョージ五世に炭鉱事故で夫を失った未亡人を訪問するところ。実に刺激なシーンだった。
 そしてサラエボでのオーストリア皇太子の暗殺事件により、世界は一触即発の状態に陥る。なぜならオーストリアはこの事件にはセルビアの責任があるとみなして、強硬な要求を突きつけたからであり、ドイツにこの件についての介入を要請したからでもあった。セルビアに何かあったらロシアが黙ってはいない…。だからこそオーストリアはドイツの力が必要だった。もちろんドイツは喜んで介入することに賛成したわけではなかった。いくらなんでもオーストリアは同盟国で支援する義務があるとはいえ、ヘタに動くと大戦争になる危険性がある。もしもロシアが動けばロシアと対決しなければならない。フランスが中立を守らなかったら? フランスとも戦争だ! (ビスマルクがもっとも忌み嫌っていた)二正面戦争になってしまう! とくにフランスには普仏戦争アルザス・ロレーヌを奪われた恨みがある…。 イギリスはフランスの友好国なのだし、ドイツを警戒しているのでロシアとフランスに付くだろう…。 これってパラドゲーの世界だよなあ…と思ったが元々パラドックスがこういう世界を参考にしてゲームを作ったのであって、逆である。 え? イタリア? シラネ。
 とまあ、このように、第二次大戦と違って、第一次大戦の発端はドイツも各国も巻き込まれた形で起こったのである。まだそこにはイデオロギーとか民族主義が主導権を得ていたわけでもなかった。単なる領土と利権の争いがあるのみだった。第二次大戦の場合は、共産主義への警戒から、ナチスが一種の緩衝材として期待されていたので、それにつけこんでドイツは領土要求しすぎてしまい、その結果連合国に宣戦されてしまうという事情があり、かなりドイツの自己責任の面があった。
 開戦してドイツとロシアの戦闘が描写されるのだが、ロシアの電文を主人公の一人がルーデンドルフに知らせるシーンがある。このシーンでロシアの教育のお粗末さが暴露される。なんと電文を暗号に出来るほどような人員を配置できるほどロシアでは教育が進んでいないので平文で送っているのだった。まさに600万人もの兵が動員できるロシアは図体がでかいだけの田舎者だった。もちろん史実通りタンネンベルクでドイツは勝利するのだが、それも西部から兵団が移されてくることにより戦略的な意味は失われてしまった。
 そしてパリ防衛戦。これはガリエニがタクシーを徴発して兵を輸送した程度しか面白エピソードが無い。そして初期の英軍のやる気の無さに驚かされる。
 それはともかく、一次大戦によって、この小説の登場人物は振りまわされていくので、これを見物して楽しむのも良いだろう。
 フィッツハーバート伯爵は旧体制の代表者として描写されているせいか、あまり良く書かれてはいない。悪い人物ではないのだが、体制に縛られている感じ。世界の変化にだんだんとついていけなくなるあたりの描写が上手い。
 この小説では、最終的にはシベリア出兵や終戦後、英国で労働党が政権を握るところまで描かれている。この労働党の躍進が、貴族衰退の大きな原因の一つだったかもしれない。
 ちょっとこの小説の魅力は書ききれないな。